東京高等裁判所 昭和56年(う)1197号 判決
所論は、事実誤認を主張するものであり、要するに、原審裁判所は、「被告人は、昭和五五年六月二二日施行の衆議院議員総選挙に際し、静岡県第一区の選挙人であるが、同年五月二五日ころ、静岡市鷹匠二丁目一番地一三号の自宅において、同選挙区から右選挙に立候補する決意を有していた原田昇左右の選挙運動者である浅見郁夫から、右原田に当選を得させる目的のもとに、右原田のため投票並びに投票取りまとめ等の選挙運動をすることの報酬として供与されるものであることを知りながら、現金一〇万円の供与を受けたものである。」との公訴事実に対し、「受供与罪が成立するためには供与利益が受供与者の所得に帰属することを要するところ、被告人には右金員についてはいまだ自分の所得、自己に帰属させる意図があつたと認めるにたりない。」と判示し、犯罪の証明がないとして無罪を言い渡したが、原判決には、被告人に本件供与利益を自己の所得に帰属させる意思が認められないとした点につき事実の誤認があり、これが判決に影響を及ぼすことは明らかである、というのである。
そこで、記録を調査し、当審における事実取調の結果をも加えて検討すると、原審において取り調べた関係各証拠によれば、本件起訴状記載の公訴事実は、これを優に認めることができ、被告人の所為が右起訴状掲記のとおり公職選挙法二二一条一項四号、一号所定の受供与罪に該当するものであることは明らかである。すなわち、右供与罪に問擬するためには、受供与者において、供与者から、前記法条に定められた趣旨のもとに供与される金品等を、自己の所得に帰属させる意思をもつて受領した場合でなければならないことは原判示のとおりであるけれども、前記の各証拠に徴すれば、
(一) 被告人が、前掲公訴事実記載の日時・場所において、同記載の淺見郁夫から、同記載のような趣旨のもとに供与されるものであることを知りながら、現金一〇万円を受領したこと、
(二) 被告人は、その二日後に、静岡市内の株式会社清水銀行鷹匠町支店において、「白藤会伝馬分会世話人」の肩書を付した被告人名義の普通預金口座を新たに開設したうえ、前記の現金一〇万円を預け入れ、その預金通帳を本件取調の際に任意提出するまで五二日間にわたつて自ら保管していたこと、
(三) 右「白藤会伝馬分会」とは、町内における原田昇左右後援会男子部の名称であるが、被告人において、淺見から受領した一〇万円を同人に返還するため前記のように預金したものではもとよりなく、右金員の使途については、いずれ町内の役員会で賛同を得たうえ、ソフトボール大会やママさんバレー大会の優勝旗を購入するための費用に充てようと考えていたこと、
などの各事実が認められ、右のような事実関係に基づいて考察すると、所論のとおり、被告人としては、前記淺見から供与された現金一〇万円を自己の所得に帰属させる意思をもつて受領したものというほかはなく、受供与罪の罪責を負うべきものであることは明らかである。